
※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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(2011年12・2012年1月号)
Vol.17 : 顔文字わかる?(;´Д`A
『「いき」の構造』(九鬼周造/岩波文庫)
市場調査のひとつに、グループインタビューというのがある。調査対象者数名を一部屋に集めて座談会形式で話をきいていくもので、グルインと略称される。デスクに座ったまま実施可能なネット調査全盛の今日、手間とコストで敬遠されがちだが、私はグループインタビューが好きだ。
特に対象者が若い人たちの座談会がいい。私と同世代以上、四十を越えたマーケターのほとんどすべてが、若い人がわからなくなってるんじゃ・・・・・・という不安を抱えている。誰も正直に言わないけど。若い人の話がわかるか、ついていけてるか、と自分を試すのが面白いのである。
先日、久々に高校生のグループインタビューをする機会があった。よしよし、オレはまだ大丈夫だな、話についていけてるよ、と勝手に安心したが、言うまでもなくこれは私の楽しみのためにやってるものではない。彼らが、担当商品、競合商品をどう認識しているのかを聞き出すのが本義である。
この商品にこういうイメージ、こっちにはこういうイメージを持っていて、頭の中はこんなポジショニングになってるのでは・・・・・・と仮説をもって臨む。だが対象者はこちらの思ったようには喋ってくれない。聞いてるこちらは何とももどかしい。そういうことを喋り慣れていないのだから当たり前だが、言葉がついてこない。「だってかわいいじゃないですか」一点張りとか。
最近の若い人は語彙が少ないね、本を読んでないからだろうな、という人もあるが、それは酷だろう。そういう傾向が無いとは言わないけれど、テレビで育った我々世代以上に、彼らはディスプレイに表示される大量の文字を読んでいるではないか。
ネットを飛び交うテキストを精査すれば、彼らの表現のバリエーションが想像以上に豊かであることがわかる。象徴的なのが「顔文字」。一体いくつあるのかよく知らないが、そのニュアンスの解像度の細かいこと! 商品のイメージを顔文字で表現してもらいたいほどだけれど、マーケティングの企画書に、顔文字を使えるようになるのはおそらく当分先になる。それまでは、彼らのニュアンスを、適当な言葉やポジショニングマップのようなビジネス文書に訳出してみせるのが、我々マーケターの腕の見せ所だ。
『「いき」の構造』(九鬼周造著)は、「いき」という言葉のニュアンスをめぐる考察。古今東西の用例を引きながら、「意気・野暮」「渋味・甘味」「上品・下品」「地味・派手」を頂点とした六面体のポジショニングマップを組み立てる手つきの鮮やかさに仰天させられる。うっかりポジショニングなんて書いてしまったけれど、これが書かれたのは昭和5年。かのライズ=トラウトより半世紀早い。若者たちに本を読めと説教して回るより、本書を片手に顔文字の構造について考えてみるほうがためになるだろう。(了)
古い著作だが入手は容易。現役本では岩波文庫が一番安い。私は時々本棚から引っ張り出して、六面体のくだりを読む。仕事にむかう頭が活気づく感じがするのだ。それにしても時の流れの速いこと。お世話になっている皆様に年末年始のご挨拶を申し上げます。

※本稿は音楽についての記述がないので、Web掲載にあたって加筆する。今となっては、顔文字や絵文字の類いはオヤジ臭がする…と若者から敬遠される位置付けになった。最近ではAIとのやりとりが、新しい文体が生まれる契機になっていきそうな気配。音楽もまたテクノロジーの影響が真っ先に現れる領域である。20世紀のコンピューターやシンセサイザーといったあたりが真っ先に思い浮かぶが、昔の音楽も楽器の進化の影響を強くうけて書かれている。例えば、モーツァルトのクラリネット協奏曲。当時開発されたばかりのクラリネットが、ウィーンの楽団に初めて導入されて、その奏者の依頼で書かれた曲だ。奏者はこの新しい楽器の、特に低音に魅かれたようで、音域を低い方に広げた魔改造クラリネットを制作、そのためモーツァルトの譜面では通常のクラリネットでは出ない音符があったといわれている。現存する楽譜は通常のクラリネットにあわせて誰かが編曲して出版されたもの。この推薦盤は、魔改造楽器(バセットクラリネットと呼ばれる)でオリジナルの譜面を復元する試みだ。(2026年4月加筆)
- 『「いき」の構造』(九鬼周造/岩波文庫)
- モーツァルト:クラリネット協奏曲 K.622 / デヴィッド・シフリン(バセットクラリネット)、ジェラード・シュワルツ(指揮)、モーストリー・モーツァルト管弦楽団