
※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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(2014年12月・2015年1月号)
Vol.35 : 〈そもそも〉について
『ここらで広告コピーの本当の話をします。』(小霜和也/宣伝会議)
近所に自動車学校があって、道を歩いていると路上教習中の車をよくみかける。都内の道路は交通量も多いし、道もいろいろ複雑だからさぞかし大変だろう。私は、東京で免許を取得できる気がまるでせず、大学の春休みにわざわざ実家に帰省して田舎の自動車学校に通ったのだった。何しろ身体が不器用で、自動車の複雑な運転動作をうまくこなす自信がない。小学校のクラスにいたでしょう、逆上がりのできない子が二人ほど。目方が重くて上がらないのはまあ仕方がないが、私はそうではない方で、せめて田舎の交通量が少ない道路にしたかったのだ。意気地なし。
教習所の1日目。え、もう乗るんですか。春休みで高校を卒業して就職する人たちが詰めかけて混んでいたせいでカリキュラムの前後が変則したのか、それが普通なのかどうかよくわからないが、いきなり実車に乗せられた。えーと、本当に何もわからないんですけど。ガクンガクンガクン。教官の言うとおりに必死で手足を動かすものの、車は一向にうまく動いてくれない。アクセルとブレーキはさすがにわかるけど、なにこのクラッチっていうの。踏み込んで徐々に上げるんですか。ガクンガクンガクン。
数回実車に乗せられたがどうもうまくならない。やっぱり向いてないわ。教官も苦笑してたしな。この先何時間かかるんだろ、弱ったなぁ。途方にくれて学科教習を聴いていたら、クラッチの説明が出てきた。あ、そうなの、クラッチってそういうことなの。なんだ、それならそうと早く言ってよ。クラッチペダルの機構がわかった翌日、私はようやく車をいくらかましに動かすことができた。自分が何をやっているのかわからないまま、ペダルの力加減やタイミングといったコツばかりをいくらいくら教わってもダメ。自分が(ペダルを踏むことで)そもそも何をやっているのかを理解することがまず何よりも必要なことだったのだ。
よっぽど筋が悪いんだねお前は・・・・・・と笑われそうだけれど、これ、広告の仕事の現場で結構見かけるんだよね。自分が何をやっているのか実はよくわかってないんじゃないかな、という人。広告表現や企画書をそれっぽく作ることは、そんなに難しいことじゃない。とりあえずカタチになっている。打合せで自分が喋る番がきてそれを出す。うーん。なるほどねえ・・・・・・と変な間があいて、じゃ、次の人。いつもこのパターン。もちろん広告に正解は無いのだが、広告になっているかどうかという線は厳然とある。その線が見えていないのだ。広告というのはいかなるものであるかという基本理解がぼんやりしたまま、事例やら方法論やらフレームワークといったことばかりをいくらいくら掻き集めてもダメ。その線は決して見えてこないだろう。
そんな若い人を見かけたら、広告というのはそもそもいかなるものであるか、その基本をしっかりと教えてあげてください。先輩の務めです。しかしながら、それを教えるのは実に難しい。あなたならどう説明するだろう。そんなこと言われても、だいたい自分だってわかっているのかどうか・・・・・・。不安になった方、いい本が出ました。『ここらで広告コピーの本当の話をします。』(小霜和也 著)をどうぞ。コピーライター向けという体裁になっているけれど、コピーライターだけに読ませておくのはもったいない。広告という仕事の基本(そもそも)をこれ以上平易に説き明かした本を、少なくとも私は知らない。コツや方法論を説いた本はたくさんあるけど。
なんだ、そういうことなの。それならそうと早く言ってよ。おそらく相当なベテランでも読み進むうちに何度もそう言いたくなるんじゃないかな。私は、教習所でクラッチの説明を聴いた時と同じくらい驚き感動しました。大推薦。(了)
推薦本の著者は博報堂時代の先輩、こっちは駆け出しの小僧、むこうは当時すでに業界注目のコピーライター。ほとんど接点はなかった。数年前、宣伝会議の広告講座でWEB広告のコマの講師をつとめての帰り際、聴講生のひとりに声をかけられて仰天。小霜さんだった。なぜここに。恐縮の大汗に答えて曰く「基本を学ぼうと思ってさ」。普通は来ないですよ、格下の講義なんかにわざわざ。この人にしてこの本。
※これを書いてから6年半後の2021年、小霜さんはがんで亡くなった。合掌。ブログが残されていて、著書とはまた別の顔が垣間見える。本稿は、音楽についての追記をせず、そのブログのリンクを推薦とする。(2026年5月加筆)
- 『ここらで広告コピーの本当の話をします。』(小霜和也/宣伝会議)
- np(小霜さんのブログ等)