
※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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(2011年6・7月号)
Vol.14 : 「RIGHT」という直観
『チベット旅行記』(河口慧海/講談社学術文庫)
震災によって、私たちは、世の中に張り巡らされたとんでもなく複雑な因果の網の目の存在を目の当たりにした。自分の行動は思いもよらぬ影響の広がりを持っているし、自分の生活はそれまで全く想像もしなかった人々の営為によって支えられている。
自分の選択が、複雑な因果の網の目を介して、思いもよらぬ誰か、どこか、いつか、に影響を与えてしまうことが不可避なのであれば、その影響が悪い影響ではなくて、善い影響であってほしい。人々の今後の商品選択行動には、自分の選択が何か「正しい」ことにつながってる感じ、がより強く求められるようになりそうだ。
それってコーズマーケティングなんかのこと言ってるんでしょ、売上の一部を社会貢献のために寄付すると謳う商品が選ばれるとか。確かにそれも「正しい」のひとつだけど、結論を急がずもう少し腰を据えて考えてみることが必要なのではないか。例えば、寄付の有無は、広告やパッケージ等を通じて明示され、理性的に判断される情報だけど、それ以外にも、商品と相対した瞬間に閃く直観のようなもの、もっと掴まえどころのない「正しい」の感じというものがあるような気がする。
同じように寄付がついた商品であっても、ある商品からは「正しい」を感じ、ある商品からは上っ面な感じをうける。その差がどこに起因するかを考えてみること。コーズマーケティングを云々する前に、そんな考察が大切ではないかということだ。寄付も、懸賞も、企画の手間は大差ない・・・・・・プロモーションの今日的な手口の一つと言ったら極論だろうが、上っ面をそれと見抜く程度の成熟は、この国の消費者はとっくに達成している。
震災報道を見ていてそんなことを思った。週刊誌の表紙になった、瓦礫の中から赤ん坊を抱き上げた自衛隊員のあの笑顔、原発に放水に向かった東京消防庁緊急消防援助隊の毅然とした会見、自らも被災しながら地域住民のために奔走する自治体職員の責任感。自衛隊の存在是非や行政のありように対する日頃の理性的判断とは別に、現場で働く彼ら一人一人の姿に心うたれ、彼ら(を支持すること)は「正しい」という感覚を持った人は多い筈だ。
その商品が、仕事に矜持を持ち、自らの持ち場において最善をつくす、信頼に足る人々によって送り出されているものだ・・・・・・と何らかの形で確信できること。寄付云えを超えたところに「正しい」という直観が伴うことがあるとすれば、例えばそんなことが契機になるのかもしれない。
今回の推薦本は「チベット旅行記」(河口慧海著)。明治時代、当時鎖国下のチベットへ仏典を求め単身潜入した若き禅僧の旅行記。ヒマラヤ越えの過酷な道中、何度も死にかけながらも自らの信念を曲げず、誰も見る人がない努力を積み重ねる姿に、この人の言うことなら信じてもよさそうだ・・・・・・と、理屈を超えた「正しさ」の感覚が知らず湧いてくる。上っ面じゃないのだね。
宣伝販促上だけの勝手な思い付き企画からは生じ得ない「正しさ」の直観、それを私はとりあえず「RIGHT」とこっそり名付けてあれこれ考え始めているところである。(了)
近日刊行予定の書籍に文章を寄せるように言われて、現在、ここに書いた「RIGHT」というテーマについてある程度まとまった量の論考を書いている。うまく世に出せたら本欄でご報告したい。

※本稿は音楽についての記述がないのでWeb掲載を機に加筆する。「近日刊行の書籍」とあるのは、この年の夏(2011年7月)に刊行された『ポスト3.11のマーケティング』(共著・朝日新聞出版)で、ここに書かれた着想がベースになっている。担当章のタイトルに、スパイク・リーの映画のタイトルを拝借した。担当章の一部はその後、ある大学の入試問題文に使われたが、その次第はVol.21で。(2026年4月加筆)
- 『チベット旅行記』(河口慧海/講談社学術文庫)
- 『ポスト3.11のマーケティング』(朝日新聞出版)
- 映画『Do The Right Thing』/スパイク・リー(監督)
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