マーケボン Vol.31

a black and white photo of a classroom

※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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マーケボン
(2014年4・5月号)

Vol.31 : 田中先生のこと
『世代論のワナ』(山本直人/新潮新書)

以前のこと、仕事でお世話になった若い人が、会社を辞めるというので事情を聞いたら、学校の先生を目指すと言うのがその理由だった。「目指す」というのは、彼は教員免許を持っていないからで、何でもこれから通信教育で教員免許に挑戦するところから始めるらしい。

退職の挨拶メールには、「私は、小学校から大学までずっと学校が楽しくてたまらなかったのですが、その理由のひとつに先生の存在は欠かせないものだったと思っています。(中略)昨今のニュースでは、不登校問題、いじめ問題、モンスターペアレントとの面談など様々な問題が掲げられています。皆様からはよく笑われますが、そんな教育環境を何か変えれるのではないか?もっと学校は楽しい所なのだ!という事を子供に教えてあげられるのではないか?と考えるようになりました」とあって、試験通過に年齢制限がある中、これはなかなか大変な決断だと思う。笑うなんてとんでもない、その志に感動、である。といって健闘を祈る以外に何もしてあげられることはないのだが。

彼の言を読んで、自分がかつて世話になった先生方のことをあれこれ思い出した。先生の影響、確かに考えてみると大きいものだなと思う。いい影響も悪い影響もあるけど。私に最初に決定的な影響を与えたのは、小学校で2年生・6年生のときに担任だった田中先生だな。田舎の小学校に転任してきた若い、おそらく当時20代半ば過ぎの男の先生で、とにかく新しかった。新しかった・・・というのは、ポマードつけた軍隊がえりで時に生徒を平手で打つようなオッカナイ爺さんの先生に縮み上がっていたところに、それまでなかった「友達のような感じ」の存在として現れたからで、何というか大変にびっくりしたのであった。

記憶を呼び起こしながら指折り数えて思いついたことがある。この頃(私が小学2年生だったのは昭和49年)、全国の小学校で同じような新風が吹いたのかもしれない。田中先生の「友達のような感じ」、これ、団塊世代が就職して教育現場にやってきて、そろそろ自分のやりたいようにできるようになってきた頃・・・・・・ということだったんじゃないか。そういえば、田中先生、乗っていた車はいわゆるケンメリ・スカイライン。プレイボーイのマークがはいったトレーナー、そしてポマードじゃなくてヘアトニックの香り、薄く色の入ったメガネ、ギターやエレクトーンも弾けちゃうあの感じ・・・・・・なるほど、そうだ、田中先生は団塊先生だったのだ。

子供たちが進んで何かをやること、何かを考えること、つまり自主性だわね、自治。そういうムードをつくるのがとても上手かった。それまで内向的で自信が無くて学校に行くのがいやで仕方なかった私だったが、田中先生の団塊世代らしい新しさとウマが合ったんだろう、閉じた気持ちを外に向けて開いてみようというキッカケ、手がかりをいくつもいくつももらうことができたように思う。この出会いには感謝している。団塊世代との接触は社会人になってからだと思っていたけれど、考えてみればこんな関係があったのだね。

いわゆる「世代論」はマーケティングの現場で引かれる機会が多い。生年で区切るだけであれこれ語れてしまうから便利なことこの上ないのだが、それ故あまりに安易な用例もよく見かける。今回の推薦本は『世代論のワナ』(山本直人 著)。マーケティングの専門家であると同時に、人材育成のプロとして数多くの若者たちと接してきた著者が、昨今の「世代論」の濫用に警鐘を鳴らす。各世代の断絶ばかりを戯画的に描いて、単なる思考停止のレッテル貼り(まるで血液型占いのような)で終わるのではなく、各世代のタテ・ヨコ・ナナメの関係に着目した新しい「世代論」のスコープをひらいてくれる。田中先生と私、そしておそらく同時期に日本のあちこちで起こっていたであろう団塊世代と(後の)バブル世代との出会いは、本書がいうところの「ナナメ」関係のひとつだろう。(了)

小学校の卒業式のあとの謝恩会で、田中先生がギターを抱えて歌ってくれたのが「シクラメンのかほり」。大人向けの歌だと思うんだけど、どうしてこの曲だったんだろう。この曲をきくたび、体育館の屋根にあたる雨がざあざあと響く中で目をつぶって歌っていた先生の姿を思い出す。

シクラメンのかほり

※本稿は音楽の推薦がついているので、加筆はナシでよいのだが、一言だけ。布施明をはじめ、昔の持ち歌を勝手に歌い崩す歌い手が多い。さんざん歌って本人は飽きているのだろうが、名曲は歌手だけのものではないのだ。崩さずにちゃんと歌ってほしい。田中先生がイメージされていたのは、もしかすると作者の小椋佳のバージョンだったろうか。この人の歌唱はいくつになっても、できたての曲を初めて歌うようなまっすぐな感じがあって、とてもいい。(2026年4月加筆)

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