マーケボン Vol.16

マンガ家入門

※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
詳細はこちら

マーケボン
(2011年10・11月号)

Vol.16 : 楽しむのはあなたじゃないよ
『マンガ家入門』(石森章太郎/秋田書店)

どんな仕事にも、それぞれの喜びというものがある。そしてそれは、日々の忙しさに追われているうちに、ついつい見失ってしまうものだ。もう仕事はたくさんだ、温泉にでも長逗留してしばしのんびりしたい・・・・・・そんな倦んだ気分に襲われた時、あなたはどのように乗り切っているだろうか。あなたにとって、仕事の本来的な喜びを思い出させてくれるものは何だろう。

私は『少年のためのマンガ家入門』(石森章太郎 著・秋田書店)という本を引っ張り出すと答える。昭和40年初版という古い本。小学生の頃に手に入れたもので、私の本棚の中の最古参。

この本、少年のためのと銘打っている割には、内容が重く暗い。陰気ですらある。小学校の文集に、将来はマンガ家になると書いていた身のほど知らずだから、当時出ていた他のマンガ家が書いた子供向けの入門本(手塚治虫や藤子不二雄、赤塚不二夫らも書いていた)も読んでいたが、それらが作画の技術を中心にした《マンガ入門》であったのに対して、職業としてのマンガ家の何たるかを主題にしているのが極めて異色だった。

何しろ作画の技術そのものにはたったの2頁しか割かれていない。マンガ家ってのはこんなに大変な職業なんだ、それでもやる覚悟はあるのかい、と冷水を浴びせかけるようなリアリズム。曰く、マンガ家に必要なのは、抜群の才能と人一倍の努力、加えて編集者とつきあう八方美人的才覚、ライバルを出し抜くハッタリ精神、量産時代にあって肉体重労働に耐えうる頑健さ・・・・・・等々とまるで容赦ない。

自らのアイデアで人々を楽しませる仕事、そこに喜びがあるとすれば、泥の中でのたうちまわるような孤独な労苦の末にようやく得られるごく僅かなもの。それでもよければおやんなさい。楽しむのはあなたじゃないよ、と。これは子供には辛口すぎる。私がこのメッセージをしみじみと噛みしめるように理解したのは、大人になって広告の仕事を始めてからだった。

仕事にどうしようもなく倦んだ時、私が立ち返るのは、本書のヒリヒリとした文章の奥に隠された、自らのアイデアで人々を楽しませる仕事に通底する喜びの気配である。同業の皆にそれぞれの立ち返るところを問うて、その回答を集めてみたらきっと面白かろう。広告という仕事の喜びが、思わぬ角度から照射されるかもしれない。(了)

推薦書は長く絶版だったが、現在は「石ノ森章太郎のマンガ家入門」として復刻されている。「石森」を「石ノ森」と改めたのは後年なので、本文中では執筆当時の筆名とした。大友克洋ら、多くのプロたちが少年時代に影響を受けた本に挙げる名著である。

※本稿には音楽をからめた記述がなかったので、Web掲載にあたって加筆する。石森章太郎(1938-1998)に関係するような音楽といえば…と考えはじめて、はたと気づいた。石森章太郎ってあまり音楽が得意じゃないかも。私がマンガを熱心に読んでいたのは70年代後半(小学生の頃)で、その程度の浅い知識でうっかりしたことは言えないが、パッと思いつくのは、自作のヒーロー物のテレビ主題歌や挿入歌の作詞。ゴレンジャー、仮面ライダーなどこれは結構たくさんやっている。それ以外だと、それらしいのは読み切り作品の『夜は千の目をもっている』くらいだが、これも同名のジャズスタンダードを扱ったわけではなく、作中人物が作ったオリジナル曲という扱いにすぎず、音楽好きの手つきとは違っている。手塚治虫(1928-1989)がクラシックのレコードをかけながら執筆したり、作中に有名指揮者に似せたモブキャラがいたり、ストラヴィンスキーの『火の鳥』に衝撃を受けたり、なによりベートーヴェンを主人公にした『ルードウィヒ・B』を描いていたり。松本零士(1938-2023)が若い頃によく聴いたカラヤンのレコードの思い出をFM雑誌に描いた短編『不滅のアレグレット』にこっそりと忍ばせていたり。あるいは村上春樹が思わせぶりにマイルスやビーチ・ボーイズやブルックナーを作中に散りばめていたり、というような。勝手に想像するに、石森章太郎の興味は、映画(ex. 推薦書に収録されている短編『龍神沼』の自作解説は実にシネマ的)や、写真(ex. 『佐武と市捕物控』の構図の決まり方)といった視覚に寄ったところにあったんじゃないかと思う。長々と追記してきたが、思いつかないので音楽の推薦は該当ナシということで。(2026年4月加筆)

  • 『マンガ家入門』(石森章太郎/秋田書店)
    ※冒頭の画像はこの本の表紙から

  • ストラヴィンスキー:バレエ「火の鳥」/ ピエール・ブーレーズ(指揮)、ニューヨーク・フィルハーモニック
  • 松本零士『不滅のアレグレット』
  • 松本零士セレクション/カラヤン ベスト・オブ・ベスト

「マーケボン」のタイトル一覧