マーケボン Vol.7

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※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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マーケボン
(2010年4・5月号)

Vol.7 : 「ひとりになる」ことの大切さ
『〈子ども〉のための哲学』(永井均/講談社現代新書)

昔に比べて忙しくなったよな、と同輩たちの皆が口にする 。携帯電話や電子メールにはひっきりなしに用件が飛び込んでくるし、ウェブを見始めるとどこまで行っても全くキリがない 。

携帯電話もネットも無かった頃に比べて、私たちがアクセスできる(またはアクセスせねばならない)情報量は爆発的に増えている 。押し寄せる情報を捌くのに追われている感じ、つまり日々の体感スピードがアップしているのだ 。

こうした事態に、情報処理能力のスピードアップで対処しよう、というのは一見理にかなっているように見える 。しかし、これはかなり危険な戦略だ 。要約、指針、あるいは結論を手っ取り早く得る・・・・・・つまり、他人のアタマを拝借して時間を節する、という安易に流れる 。セミナーマニア、ビジネス書中毒、検索一点張り、日がな一日ツイッター・・・・・・等々 。そうして他人の見解ばかり追いかけたり、つぎはぎして吹聴している人で、一流になった(あるいは見込みのある)人を、少なくとも私は見たことが無い 。

私の役得は、トップクラスの広告クリエイターたちと仕事を共にできることだが、彼らを間近に見ていて感心するのは、自分の腹におちない情報を、絶対に自らの企画の材料にしないことだ 。いくら世の中で話題になっていても、自分にとっての必然性、切実さが伴わない情報には飛びつかない 。耳を塞ぐ・・・・・・ということではなくて、本当に意味ありと自分が思えるまで放っておく、という感じ 。彼らが最も仕事に入り込んだ瞬間に発するのは、極めて強い孤独の気配だ 。自分が本当にこの企画をベストだと確信できるか、すみずみまで腹におちているかどうかを静かに自分の直観に問う 。大勢がいる打ち合わせの席であっても、スッと「ひとりになる」ことができるのだ 。

「<子ども>のための哲学」(永井均著/講談社現代新書) 。哲学入門書というと、古今東西の哲学者の思考を紹介していくのが定型だが、本書は、自分にとっての必然性や切実さが無いまま、哲学者の書いた本を渉猟しても無駄だと主張する 。ただひたすらに、「ひとりになる」こと、自分の必然に常に立ち返ること、を説く 。

今日の情報環境で最も難しいこと、それはどれだけ多くの情報に効率良く接触できるか・・・・・・ではなくて、いかに「ひとりになる」か、ということである 。そしてそれはかなりシンドイことだ、というのが推薦書を読むとよくわかる 。(了)

アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1920-1995)を聴きながら本稿を書いた 。極端にレパートリーの少ないピアニストで、自分の腹におちない曲は絶対に弾かなかった。曲のすみずみまで曖昧さの一切無いドビュッシーを聴くと、強い孤独の気配を感じる

Debussy: Images 1 & 2; Children's Corner / Arturo Benedetti Michelangeli

  • 『〈子ども〉のための哲学』(永井均/講談社現代新書)
  • ドビュッシー「映像」/アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(ピアノ)

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