
※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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(2009年12月・2010年1月号)
Vol.5 : マーケティングには何ができないのか
『人間臨終図巻』(山田風太郎/徳間書店)
年末年始に決まって引っ張り出す本がある。山田風太郎の「人間臨終図巻」。15歳から121歳まで、歴史上の武将・政治家・芸術家・芸能人・犯罪者など、古今東西の人々が、ただ死亡年齢順に並べられて、それぞれの死に際が淡々と綴られた奇書である。
江戸の大火で知られる八百屋お七、大石内蔵助の息子の大石主税、ときて次がアンネ・フランク・・・といった具合で、冒頭から順に頁を繰ってその振れ幅に面食らってもよいが、大抵の人はまず自分の現在の年齢の頁を開きたくなるだろう。私が年末年始にこれを開くのはこの読み方をするためで、最初に開いた時には、イエス・キリスト、坂本竜馬が同じ齢で死んでいて、我が身の凡庸をあらためて噛み締めた。
それにしても、時代の変化の激しさには驚くばかり。ここ1年ほどの間に、世の中の空気は一変したといっていい。社会全体が根底から揺らいでいる、という感覚。そんな中で、企業のマーケティング/コミュニケーションが、安心安全/幸福/生命/環境といった「大きな価値への貢献」を志向する流れは、今後一層加速していくことになるだろう。
マーケターにとって、「大きな価値」について考えを深めることは、これからの時代に欠かせない修養になる。自社の利益と、社会の利益を調和させる・・・そのためにマーケティングにできることは何だろう、という思考。おそらく5年、10年という尺で試行錯誤が続くに違いない。
一方で、マーケティングには何ができないのだろう、という思考も忘れてはならないように思う。「大きな価値」に言及することは、「上っ面の偽善」というパーセプションと紙一重、プランニングに知らず紛れ込む自らの尊大さに、何より注意が必要だからだ。
マーケティングには何ができないのか。「人間臨終図巻」はそれを考えるに最上のテキストのひとつだろう。人の生き死にの固有性と、その圧倒的な多様性を前に、ひたすら謙虚な気持ちになる。
縁起でもない本を薦めやがって、と怒る人も出そうだけれど、年末年始にこれほどふさわしい本はない。「門松は冥土の旅の一里塚」と一休宗純が喝破しているではないか。この年末年始、私が開くのは40歳の頁になる。(了)
年末年始に決まって引っ張り出すCDがある、グレン・グールド(1932-1982)が弾いたバッハの「ゴルドベルク変奏曲」。デビュー盤(1955)ではなくて、晩年の再録音(1981)のほう。沈み込むような味わいと、そこはかとないユーモア、推薦本と相通じるところがあるように思う。

- 『人間臨終図巻』(山田風太郎/徳間書店)
- J.S.バッハ : ゴルトベルク変奏曲(1980)/グレン・グールド(ピアノ)
- J.S.バッハ : ゴルトベルク変奏曲(1955)/グレン・グールド(ピアノ)