マーケボン Vol.9

Desk with calculator, charts, and pencil

※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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マーケボン
(2010年8・9月号)

Vol.9 : ネット調査時代のマーケターたちへ
『「社会調査」のウソ』(谷岡一郎/文春新書)

ある調査会社から「廃業のお知らせ」というメールが突然届いた。私が駆け出しの頃からかれこれ20年以上にわたってお世話になってきた会社で、それはもう大変に驚いたのであったが、一方でとうとう来たか、とも。

ここ10年、ネット調査の勃興で、従来からの調査会社は厳しいビジネス環境に置かれている。マーケティング調査はとにかく低価格でクイックに。コストも手間もかかるけど、腰を据えて高度な分析をじっくりやろう、という案件は大幅に減っている。廃業したのは、まさにこの高度な分析に秀でた会社だった。

低価格でクイックに、という趨勢自体をどうこう言うつもりはないが、もしマーケティング調査という仕事の中身までが軽薄化しているのだとしたらそれは深刻に憂うべき事態だろう。しかし、最近の若い世代のマーケターたちの調査への向き合い方を見ていると、それはどうも杞憂ではなさそうなのである。

調査設計および分析が表面的。通り一遍で当たり前の結論に至るか、あるいは企画書の理屈を補強するためだけの結論ありきのご都合主義か。こりゃ「調査」になってないね、と言いたくなることも少なくないのが現状だ。

そういうお前はできてんのか、と言われると甚だ心もとないが、若い時分に、調査のプロたちから厳しく鍛えられる機会を持つことができた幸運には感謝している。冒頭に書いた会社をはじめ、当時の調査会社には、まさに「調査の鬼」と呼ぶのがぴったりの猛者たちがいて、生半可な依頼をしようもんならしかり飛ばされる、という発注元/発注先を越えた関係、職業的矜持があった。

飲みにいけば、調査のあれこれについて侃々諤々、多変量解析を計算尺でやってたという昔話はこれで何度目か、他に話題がないのかと煙たかったけれど、今にして思えば時代に恵まれていたんだな、と。

「社会調査」のウソ〜リサーチ・リテラシーのすすめ〜(谷岡一郎 著)は、様々な社会調査の実例をあげて批判を加えた本。マーケティング調査は対象ではないが、過激な内容につき、ずさんな調査をまき散らしている人は読まない方が無難、という序章の啖呵に、私はかつて世話になった「調査の鬼」たちの口吻を重ねて読んだ。身近に煙たい人がいなくなりつつある不幸な時代のマーケターたちに推す。(了)

「広告会社でマーケティングの仕事をしたかった、でもかなわなかった人が世の中には大勢いる。私もそのひとりです。だからあなたがイイカゲンな調査をやってるとホントに腹が立つんです」。駆け出しの頃に、調査会社の鬼のひとりからそう叱られたのが今も忘れられない。いよいよ私も叱る側に回る年齢になったわけだがさて・・・反省しきり。

Verdi: Requiem / Solti

※本稿には音楽をからめた記述がなかったので、WEB掲載にあたって加筆する。推薦盤はヴェルディ(1813-1901)のレクイエム。クラシックの録音も、レコードがよく売れた時代のやり方から大きく様変わりした。平たくいえば、昔はレコード制作に金をかけられた。録音のためだけに指揮者、歌手、オーケストラを何日も拘束して、たくさんのマイクをたてて何度もテイクを重ねて録る、いわゆるスタジオ録音。最近はコンサートのついでに会場で収録することが多い。まあその方がいい演奏になることもあるんだけど。推薦盤は1967年のレコードで、録音に金をかけるというのはこういうこと、というのが一聴してすぐわかる。例えば「怒りの日(Dies Iræ)」の大太鼓の音の凄まじさ。(2026年4月加筆)

  • 『「社会調査」のウソ』(谷岡一郎/文春新書)
  • ヴェルディ:レクイエム/ゲオルク・ショルティ(指揮)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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