
※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
詳細はこちら。

(2010年10・11月号)
Vol.10 : 邂逅
『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル/早川書房)
「きれいな夕陽や、見事な月を見逃さなくなりました」という発言をネットで見かけた。〈ツイッター〉のような、いわゆるソーシャルメディアと呼ばれるサービスに日常的に接触していると、「夕陽がきれい」「いい月が出ているなぁ」といった様々な人の発言が次々流れてきて、それを見て空を見上げることが増えたのだという。
ネットといえば、ほとんどの人にとっては《検索》がその利点の中心であった。「××について知りたい」という時に、検索サイトにアクセスする。年中無休、しかも無料で大抵の情報の在処はたちどころに見つかる。こんなに便利なものはない。
しかし、冒頭の例は、これまで語られてきたネットの利点とは異なる性質のものだ。ネットで情報を《検索》するには、あらかじめ「××を見たい」という意思が先行する必要があるが、この場合、その人は「月を見たい」とも「夕陽を見たい」とも事前には思っていなかったからだ。
自分がこれは価値があると思ったモノ・コト・情報を、人々が「これ見てごらん」とネット上で指さしあう。それを見た人が、思いもよらないモノ・コト・情報との偶然の《邂逅》を楽しむ。これは今後、《検索》に並ぶネットの大きな利点のひとつに育っていくだろう。現段階では〈ツイッター〉などのサービスを使いこなすために一定以上の素養が要求されるが、近将来にはもっと簡易に《邂逅》を楽しむことができる仕組みが出てくるはずだ。能動的なネット利用である《検索》よりも、受動的な《邂逅》の方が受容の裾野は広くなるかもしれない。
『これからの「正義」の話をしよう〜いまを生き延びるための哲学』(マイケル・サンデル 著)は、まさにこの《邂逅》の力学が生んだベストセラーだ。ハーバード大学の政治哲学の授業をそのまま放映したテレビ番組、しかも日曜の午後6時。これまでならば一部好事家の視聴で終わること間違いなしのマイナー加減だが、これが人々の「これ見てごらん」の連鎖を引き出した。
本書はその講義の主の著書で、ロールズ、ノージックの名も出るハードな内容。それが4月に番組放映開始、5月にはネット書店売り上げ1位達成(私の買った本書の帯にそう書いてあった)という驚異的な速度で売れた。
こういう話をすると、すぐマスメディアやマス広告の退潮に結びつける人があるが、それは事の本質を見ていない。価値があるモノ・コト・情報を生んでいる人や企業には、これまで以上に面白い時代がくるよ、とただそれだけのことである。ソーシャルメディアマーケティングをやらなきゃ・・・・・・というのは本末転倒。価値があること、指さしてもらえることをまずおやんなさい。(了)
推薦本の著者、サンデル教授は夏に来日特別授業を行った。まるでビリーズ・ブートキャンプのような盛り上がり。この本の内容に興味をもたれた方には、『集中講義!アメリカ現代思想〜リベラリズムの冒険』(仲正昌樹 著/NHKブックス)をサブテキストとして推しておく。

※本稿に書いたことは今やごく当たり前になった。音楽をからめた記述がなかったので、WEB掲載にあたって加筆する。推薦盤は五輪真弓「恋人よ」。昭和55年(1980)のヒット。フレッシュな新星の登場というわけでもなく、といって大手の事務所やレコード会社が何かを仕掛けた形跡もないのに、いつの間にかチャート上位にいる曲、というのはこの時代にもあった。有線のリクエストで火がついて、という文句をよくきいたが、それが今のSNSにあたる。演歌だと苦労人、ニューミュージックだと実力派と呼ばれて、この人もテレビでそう紹介されていた。(2026年4月加筆)
- 『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル/早川書房)
- 『集中講義!アメリカ現代思想〜リベラリズムの冒険』(仲正昌樹 著/NHKブックス)
- 恋人よ/五輪真弓