マーケボン Vol.11

black and gray speakers on brown wooden table

※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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マーケボン
(2010年12月・2011年1月号)

Vol.11 : リスペクト
『誰か「戦前」を知らないか』(山本夏彦/文春新書)

職場などで日常的に接する人が実はどんな人なのか、ということがよく見えなくなってきている気がする。あらかじめ共通していることがわかっている話題、つまり仕事の用件、会社のあれこれ、暑い寒いの時候の話・・・・・・といったことしか話をしなくなっている。例えば、趣味の話題といったようなものはぐっと減ってきた。

この人、こんな一面があったのね、へぇすごいじゃん。《思わぬ一面の輝き》というやつだ。何でもいい。無口で冴えない上司だけど、ジャズの話になるといつまでも延々喋ってるとか。車には一家言あって、そこらのディーラーより詳しいとか。デジタル機器にものすごく詳しいとか。

以前は、そういうことが日常的によく話された。ジャズを聴き始めたいならあの人にお薦めをきいてごらん。車のことならあの人にきけばいいよ。身近に必ずそういう人がいたものだ。私も会社に入ったばかりの頃、オーディオが欲しいなぁ、とこぼしたら、どこで聴きつけたかマニアの先輩が毎日席にやってきて、オーディオ道を熱く語り、今日はこのショールーム、明日はあの専門店、と引き回された記憶がある。いささか閉口したけれど、その先輩の《思わぬ一面の輝き》に惹かれたものだ。

なぜそういう話が減ったか。原因はだいたい見当がつく、みんなネットと話すのだ。ネットにあるものすごく詳しい人の意見、あるいは実際に買った人々の感想を参照しているのである。ネットにきいたほうが情報の精度は高いし、何より無用な気兼ねが要らぬから気がラクだ。相談される方も、表立って自分が何に詳しいと公言するにもネット相手だと分が悪い。気がつけば身近で趣味の話は滅多に交わされなくなり、つまり日常的に接する人の《思わぬ一面の輝き》を見る機会はネット登場以前に比して大幅に減少したのである。

おそらく根は同じだろう、身近な人の言は軽視する割に、遠くの人の言にやたらと感心する人が、特に若い世代に増えてきているのが最近気になって仕方がない。先輩のアドバイスはきかないが、自己啓発本やらセミナーやらを丸呑みする。上司の仕事ぶりを見ないで、どこぞの有名経営者のプレゼンテーション映像をネットで見ては心酔する。断言するが、こういう手合いは絶対に伸びない。今の職場にはリスペクトできる人がいないんですよ、と軽く言うがホントにそうかね。

もっともこれは若い人だけの責任でもなく、私を含む中高年の責任でもある。年末年始のこの時期、忘年会や新年会といった機会も多いわけだし、お互いいつもと違う話をしてみてはどうか。『誰か「戦前」を知らないか——夏彦迷惑問答』(山本夏彦著/文春新書)は、80代の著者が10代の女性を相手に自分が生きてきた時代のあれこれ(著者曰く「些事」)を語り下ろした本。若い人に話を合わせよう、としていつも失敗する中高年にいい手本になる。《思わぬ一面の輝き》を見せてやろうと殊更に気張って付け焼き刃にせずとも話すべきことはいくらでもあることがわかるだろう。若い人には、身近にあるのにあなたが見ていないもの、その価値の一端を教えてくれる。(了)

推薦書が気に入ったら、続編『百年分を一時間で』(文春新書)も併せて読んでおきたい。特に「PR」の章の、現代の広告主・広告代理店のありかたに対する批判の痛烈さ、それと「電話」の章の、電話からインターネットに至る情報通信技術の変遷に関する洞察の見事さ、中高年の鑑!

Forest Flower: Charles Lloyd At Monterey (Live)

※本稿には音楽をからめた記述がなかったので、WEB掲載にあたって加筆する。文中に登場するオーディオマニアの先輩は、私のデスクの横を通るたびに机の上のCD(若造がイヤホンを耳につっこんで仕事をすることを許容してくれる職場だった)をチェックして、「きみは若いんだから、こんな老けたのを聴いてちゃだめだ」等々、ジャズのことをいろいろ教えてくれた。時にはCDを譲ってくれたりして。浅草の鰹節問屋の倅で、蕎麦の食べ方なんかも教わった。その先輩が自分のパソコンにつけていた名前(ローカルネットワークで表示される)が「CHARLES_LLOYD」だった。推薦盤は、そのチャールズ・ロイド(サックス)が1966年のモントレー・ジャズ・フェスティバルに出演したときの実況盤。バックにはまだ駆け出しだったキース・ジャレット(ピアノ)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)がいて、若やいだ音をきかせている。(2026年4月加筆)

  • 『誰か「戦前」を知らないか』(山本夏彦/文春新書)
  • 『百年分を一時間で』(山本夏彦/文春新書)
  • FOREST FLOWER / Charles Lloyd

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