マーケボン Vol.38

tree between green land during golden hour

※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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マーケボン
(2015年6・7月号)

Vol.38 : 顔
『OUT OF AFRICA アフリカの奇跡』(佐藤芳之/朝日新聞出版)

「理論、言葉、情報を、カネが取れるように操っているだけです。扱っているものに実体というものがない」と言われてドキリとしないマーケターはいるだろうか。「実体のないところで生活している人間の顔は宇宙人みたいです」とその言は続く。

これは今回の推薦書、『OUT OF AFRICA アフリカの奇跡』(佐藤芳之 著)の一節。著者が日本のあるコンサルティング会社に招かれて話をしたくだりで、開口一番「僕はコンサルタントというのが大嫌いです」からの流れである。広告屋をずばり名指したものではないけれど、ドキリとするでしょう、どうですか?

著者はアフリカで事業を起こしたビジネスマン。1974年にケニア・ナッツ・カンパニーというマカダミアナッツを売る会社を創業、アフリカ有数の企業に成長させたことで知られる。ユニークなのは、「利益はすべて再投資と従業員還元に」という経営方針。ケニア人を単に安価な労働力と見る従来型の企業経営ではなく、彼らが自活していく経済基盤をつくることを最重視する。例えば、工場を機械で自動化せずに、その分あえて人を多く雇う。仕事をつくること、収入を得る道筋を創ることがアフリカには何よりも必要だ、というのが彼の信念である。ケニア・ナッツ・カンパニーがこれまで直接間接に創出した雇用によっておよそ20万人の家族の生活が支えられているのだとか(ケニアの人口からすると実に200人に1人に相当する)。

2008年、彼はケニア・ナッツ・カンパニーをタダ同然で手放し、現地人に経営を託して自らは新しいビジネスに挑む。微生物を使ったトイレの公衆衛生対策を手掛けるオーガニック・ソリューションズを設立。劣悪な環境にあったトイレがキレイになると、疫病が減る、犯罪率が下がる、そして事業によって雇用も増える。ケニアから始めて、ルワンダ、ウガンダ、タンザニア、ガーナ、さらにはアフリカ諸国だけではなく中国、インド、モンゴルへの展開も視野にいれた壮大な構想だ。

「まだ20年、30年はやれるのだから、また新しいことを別のかたちで始めたい」。この起業時点で60代後半というから仰天させられる。何たる志の高さと行動力!著者の言い方に倣えば、「実体」と取っ組み合っている人間の凄味が行間からにじみ出る。「ソーシャル・ビジネス」という今時っぽいタームでとりあえず括って、いかにもわかったような顔をしてあれこれ語る・・・・・・というのが私たちの半ば無意識の身振りだけれど、そうした安直を強烈に牽制するのが冒頭に引いた一文である。

広告の仕事にこの著者曰くの「実体」があるかないかという議論はさておくとしても、デスクにかじりついてパソコンの画面ばかり睨んでいると、あなたもいつの間にか「宇宙人みたい」な顔になってしまわないとも限らない。ソーシャルメディアなんか見てると心配になっちゃう人がいるね。流れてくるいろんなニュースにすぐさま反応して、ああだこうだと終日語っているような知的な野次馬みたいなのが、「実体」から遠いことに無自覚な舌。広告屋が最も自戒すべき増上慢はこれだろう。

最後に、冒頭の続きをもう少し引用。「こうしたほうがいい。ああしたほうがいい、と無責任なことを言う。それで結果が出なくても、どこか別のところに原因があったんじゃないかとか、私の言ったことを徹底的にやらなかったでしょうとか、いくらでも逃げ道がつくってある。要するにあなたがたは責任を取らないのです。責任を取らない人は顔付きがおかしくなってきます」とあって、何しろ顔なのだ。いい顔してますか?(了)

広告会社に入社して二、三年たって田舎に帰省した時のこと。テレビを見ながら、流れてくるあらゆるニュースについてああだこうだと喋り散らしていた私を、いつもは寡黙な親父が叱りつけた。お前、調子にのってないか。世の中を舐めてるとそのうち痛い目にあうぞ、と。広告の仕事のことは何も知らない親父だけれど、私の天狗が見えたんだね。

SET/Youssou N'Dour

※本稿には音楽についての記述がなかったので、Web掲載にあたって加筆する。アフリカの音楽に明るいわけではないが、私がこれまでに行ったコンサートで最も印象に残っている(このままいけば生涯のベストワンかも)のが、セネガルのユッスー・ンドゥール。90年代前半、たしか新宿の小さめの箱だった。ライブ当日、かなり体調が悪くて行くのをやめようか…というくらいだったのを覚えている。入場して後ろの方で壁にもたれて半ばうとうとしていたら、突如ものすごい音響が一閃、思わずのけぞった。強烈なリズムと独特の高音が伸びるボーカル、怒濤のグルーヴを全身で浴びているうちに、体調がまったく気にならなくなり、終わる頃にはウソのようにすっかり元気になっていた。音楽は生で聴かなきゃ…なんて全く思わないインドア派だが、このときばかりは「実体」にやられた。後にも先にもこんな体験はしたことがない。推薦盤は、90年に欧米のメジャーレーベルからグローバルにリリースされたもの。あのライブの凄みまでは残念ながら入っていないけど、スタジオ録音としては最高作では。(2026年5月加筆)

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