
※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
詳細はこちら。(画像はNHK番組から)

(2015年4・5月号)
Vol.37 : メンタル、大丈夫?
『手塚先生、締め切り過ぎてます!』(福元一義/集英社新書)
「いつも明け方のメールですよね。流行りの朝活ですか?」とよく尋ねられる。確かにその方が健康に良いのだろうし、何より仕事がデキる男っていう感じがしてカッコイイのだけれど、残念ながらそうではない。朝まで書き物をして、出来上がったものを送ってから寝る、というのが私の日課である。
フリーになって10年以上、最初のうちはいろいろと試してみた。朝型をやってみるかと思ったこともあったのだが、うーん、どうもいけない。うまく寝られないのだ。朝になったらあれをこうして・・・・・・と布団の中で考え始めてしまう。間に合うかしらん、今何時かな、と時計ばっかり見る。つまるところ私のような根っからの小心には向いていないようで、朝型は早々にあきらめた。キリのいいところまでやって、よしよしできたぞという安堵と共に入眠、これが一番性に合っているみたい。
ところが、このところ床に就く時間が次第次第に遅くなってきている。3時、4時だったのが、5時、6時になってきた。朝活と間違われるのはそのせいだ。トシのせいで仕事のスピードが徐々に落ちてきているのだろう。午前中は寝る時間に充てる。充てないとさすがに厳しい。とはいえどうしても他に時間が合わない時は、午前の稼働もいたしかたない。一緒に仕事をする頻度の高い相手ほど、私の午前中が空いているのをよく知っていたりするから事は厄介だ。そろそろ50歳も近くなって、また何か別の方法を試行してみるべきタイミングなのかもしれないな。
とまあ、年輩は衰えゆく自らの体力の心配をしていれば良いのだが、最近より気がかりなのは若い世代のメンタルだ。私たちの頃と比べて、実戦への本格配備が格段に早い。駆け出しは使いものにならないから先輩の仕事を黙って見てろ、というファーム期間が短くなっている。業界としてそうした余裕が次第に無くなってきている感じがある。メールやケータイといったツールの普及で仕事の進め方が変わったことも原因のひとつかもしれない。いきなり暴風雨のような忙しさの中に放り込まれて、メンタルをやられる若者がじわじわと増えてきている気がする。
仕事の量を調整する、休みをとらせる、といった上役としての配慮はまずもって当然として、そこに付け加えるとするならば、広告という仕事の面白さや喜びを彼らが見失ってしまわないように、私たちがそれを常に指し示してやることだろう。平たくいえば、楽しんで仕事をしている姿を見せること、これである。どんなにしんどい局面であっても、面白さや喜びに確かにつながっているという感覚があれば、人はそうそうへこたれはしない。今日の広告の現場は、さてどうだろう。
今回の推薦本は『手塚先生、締め切り過ぎてます!』(福元一義 著)。昭和の天才漫画家、手塚治虫のチーフアシスタントをつとめた著者がその創作の現場を回想した本。私たちだって世間からみれば相当に忙しい部類、無茶な進行には慣れているはずだが、ここに書かれた多忙ぶりには心底仰天させられる。例えば、昭和57年の年末進行。12月11日からの10日間に漫画78ページとB全ポスター1枚を脱稿したとある。量もさることながら、これらが、新連載開始の『アドルフに告ぐ』二回分、『ブラック・ジャック』二回分、『陽だまりの樹』につくば科学万博ポスター』とわかると肌に粟がたつ。
仕事が猛烈にたてこんでしんどくなってくると、私はこの本のことを思う。あれに比べたらまだマシだよな・・・・・・と自らを慰撫する効果もあるけれど、それよりも、出鱈目に忙しい中でも仕事の面白さと喜びに衝き動かされていたであろう手塚治虫の姿を想像して、自分の仕事の面白さと喜びにつながる感覚を取り戻す・・・・・・という感じ。もちろん、実際の手塚治虫がどうだったかは知る由は無いが、この本はこれ以上ないという修羅場を書いてなお独特の明るさがあって好きである。(了)
戦争が終わって漫画を好きに描ける時代になった、その喜び。そこから四十年余の激烈な仕事ぶりの原点はそこにあったのだろうと『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』(祥伝社新書)に思う。60歳の死は激烈ゆえの不養生でいかにも早い。そこだけ真似することにならぬよう節制を考えるかな。

※石森章太郎の著書を推薦した回(Vol.16)の加筆部で、手塚治虫(1928-1989)と音楽について触れている。クラシックのレコードを聴きながら描くというのは知っていたが、それを実際に映像で見せてくれたのが、NHKのドキュメンタリー「手塚治虫 創作の秘密」(冒頭の画像はこの番組から)。アシスタントですら入れなかったという仕事場にカメラを設置した貴重な番組だ。推薦本に書かれた話が決して大げさでなかったことがよくわかる。これは早死にしますわ。私はといえば、この稿の5年後にはじまったコロナ禍で、生活リズムをはからずも見直すことができた。リモート会議が増えて、移動の時間が減ったことで、いくらか早く寝られるようになったのだ。コロナ禍で寿命が延びたとは不謹慎ではあるが。音楽の推薦は(Vol.16でも紹介した)名作「火の鳥」が描かれるきっかけとなったストラヴィンスキーのバレエ「火の鳥」。手塚治虫がジャケットを描いた冨田勲(1932-2016)の録音で。残念ながら音楽配信サービスでは聴くことができない(おそらく権利関係の問題)。冨田勲は、よく知られているとおり、「ジャングル大帝」「リボンの騎士」の音楽を手がけていて、手塚作品と関係が深い。この二人はクリエーターとしての資質がものすごく似ていると思う。(2026年5月加筆)
- 『手塚先生、締め切り過ぎてます!』(福元一義/集英社新書)
- 『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』(祥伝社新書)
- 『手塚治虫 創作の秘密』(NHK)
- ストラヴィンスキー:バレエ「火の鳥」/ 冨田勲(シンセサイザー)