マーケボン Vol.18

Two hands reaching towards each other

※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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マーケボン
(2012年2・3月号)

Vol.18 : 一変しないから難しいのだ
『災害ユートピア』(レベッカ・ソルニット/亜紀書房)

このところ、マーケティングや広告の仕事をしている人間が幾人か寄ると、ソーシャルメディアの話題になる。確かにこれからの時代を予見させる興味深い事象が数多く起きている最もホットな場所であるには違いないが、今日明日にでもマーケティングや広告のありようが一変する、というような論の氾濫には辟易する。

一変しないから難しいのだ。後世からは一変したと見えることも、その只中を生きる者にとっては、五年、十年という決して短いとは言えない時間をかけて漸くその変化の本当の内実が見えてくる、そんなものである。

最新の技術動向や、気の利いた海外事例を追いかけるのも楽しいけれど、目先の起伏ばかりを見ていると変化の大きな稜線を取り逃がす。急伸するソーシャルメディアを今度のキャンペーンにどう使うかという話とは別に、人々がソーシャルメディアに魅力を感じるのはなぜか、というより大きな問いをとりあえずたてておくこと。

すぐに答えてしまおうとしてはいけない。五年、十年のつもりでこの問いを頭の中に転がしておく。稜線を見る、というのはそういうことだ。

ソーシャルメディア活用本を一旦閉じて、例えば『災害ユートピア~なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(レベッカ・ソルニット 著/亜紀書房)を読んでみよう。1906年のサンフランシスコ大地震から、2005年のハリケーン・カトリーナのニューオリンズまで、数々の災害現場で何が起こっていたかを克明に辿ったドキュメントだ。

国家機能が麻痺し、市場経済が停止した極限状態のなかで、人々は自発的に助け合い、見ず知らずの他者のために尽くし、そこに束の間の、しかし強烈な「至福」を感じる。著者はこれを「災害ユートピア」と呼ぶ。

昨年の震災後の日本で私たちが目にしたのも、まさにこの光景だった。そして、この「至福」を支え、増幅させたのが、ソーシャルメディアという新しいコミュニケーションの回路であったことは記憶に新しい。

ソーシャルメディアが人々に選ばれている本当の理由。それは、効率的な情報の伝達手段だからではない。私たちが本来持っている、他者と繋がり、共に生き、喜びを分かち合いたいという根源的な欲求——「近代」が覆い隠してきた人間性の本流——を呼び覚ますための、いわば現代の「共有地」として機能し始めているからではないか。

本書が描く災害現場の「至福」の記録を、ソーシャルメディアという変化の稜線と重ね合わせて読んでみる。目先の「活用法」を超えた、より深く確かな洞察へとあなたを導いてくれるはずだ。(了)

災害ユートピアは、極限状態を脱するといつの間にか霧散してしまう。何事もなかったかのように日常が回帰する。一変したりはしないのだ。それは何故なのか、そしてそのユートピア状態を恒常化することはできないのか……と著者は問う。実におもしろい論考。

Live At Woodstock / Jimi Hendrix

※本稿には音楽についての記述が無かったので、Web掲載にあたって加筆する。〝音楽ユートピア〟と言い換えてみるなら、1969年のウッドストックが類似の現象だったといえるかもしれない。ラブ&ピースで、全米から数十万人の若者たちが集まったといわれる野外音楽フェスティバルだ。もちろん、1967年生まれの私に当時の実態がどうだったかはわかるはずはないけれど、残された映像や録音からは、そんなバイブレーションが感じられる気がする。誰の演奏でもよいが、ジミ・ヘンドリクス(1942-1970)を推薦盤に挙げておく。アメリカ国歌(Star Spangled Banner)の演奏から、パープル・ヘイズになだれ込む瞬間は、まさに伝説。(2026年4月加筆)

  • 『災害ユートピア~なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか 』(レベッカ・ソルニット/亜紀書房)
  • Live At Woodstock / Jimi Hendrix

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