
※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
詳細はこちら。

(2012年12月・2013年1月号)
Vol.23 : 〈ジュリアナ東京〉と〈もつ鍋〉と
『明治大正史 世相篇』(柳田国男/中公クラシックス)
バブル時代といえばアレですよね。ジュリアナ東京。すごかったんでしょうね、行きましたか、と打合せの席で若い人から。テレビでバブル時代が言及される時の資料映像といえば、お立ち台の上で女の子たちがパンツを見せながら踊っているあの光景。凝ったものになると、一万円札が降ってくる映像がオーバーレイされたりして。当時まだ赤ん坊だった若い人が、そう思うのも無理はない。
先輩に引っ張られて見物に出かけたな。マーケターたるもの現場を見ておかないとだめだぜ、と真顔だったけど、やっぱりパンツ目当てだったのかもね。でもね、あれはバブル時代じゃなくて、バブルがはじけた後なんだな。ジュリアナの帰り道に寄った店はもつ鍋屋だった。流行ってたのよ。気取った高級レストランじゃなくて、これからは安くて庶民的なもつ鍋だって。あとね、帰りの電車で読んだのが『清貧の思想』(中野孝次/草思社)って本だった。金満日本を反省してこれからは清貧でいこうっていうので、ベストセラーになっていた。「ジュリアナ東京」「もつ鍋」「清貧の思想」、こういうセットなんだよね。ジュリアナ東京は、バブル時代の高級ディスコの〝気取り〟に対するむしろ反動だったのよ。
そこに生きていた人にしかわからないこと、というのは確実にある。そしてそういうことが残されることは極めて少ない。そこに生きていた人にとっては、その時あまりに自明で、わざわざ記録するに値することだとは思われないからだ。ネットで調べれば何でもわかる、というのは半分当たり、半分はずれ。ウィキペディアを見れば、1991年5月31日に開業、総面積は1200平方メートル、お立ち台の高さは130センチ・・・・・・というようなことはわかる。それしかわからない、と思わないといけない。そこには帰り道の「もつ鍋」や「清貧の思想」へのリンクは出てこないからだ。自分の記憶を探るなり、昔のことであればその時に生きていた人と話して、ディテールやニュアンスを拾い集める。面白いのはそこなんだけど・・・・・・というか、マーケティングというのは、そういうところが大事なのじゃないかしら。
『明治大正史 世相篇』(柳田国男 著・中公クラシックス)。序に曰く「生活の最も尋常平凡なものは、新たなる事実として記述せられるような機会が少なく、しかもわれわれの世相は常にこのありふれたる大道の上を推移」するのであって、「現代生活の横断面、すなわち毎日われわれの眼前に出ては消える事実のみに拠って、立派に歴史は書けるものだと思って居るのである」と。昭和6年の地点から、明治大正の衣食住をはじめとする生活のディテールやニュアンスを拾い集めて巨大な織物をつくる力量に仰天させられる。日本民俗学の開祖の真骨頂、マーケターなら一度は読んでおきたい名著である。
年末年始は普段会わない人と話す機会が多い時。例えば、田舎の親に自分の知らない時代の話をきいてみよう。正月のこたつで寝ころびながらスマホをいじってるより数等倍身になるはずだ。(了)
柳田国男は重たいな・・・・・・という人には、コミックを推しておく。『この世界の片隅に』(こうの史代/双葉社)は、戦前から終戦にかけての広島と呉の日常生活を丹念に描きこんだ作品。作者は昭和43年生まれなのでもちろん直接の体験ではない。どれだけの人の話をきいたらこんなものが描けるのか。

※本稿には音楽についての記述が無かったので、Web掲載にあたって加筆する。いわゆる「バブル崩壊」は、1990年初頭の株式市場の暴落から始まって、1991年2月頃に本格化したと言われている。「清貧の思想」は1992年のベストセラーで、「もつ鍋」は同年の新語・流行語大賞銅賞だ。私がジュリアナ東京に行ったのは1992年の暮れあたりだったのだろう。その頃、私はどんな音楽を聴いていたのか。重要なのは、91年秋に筑摩書房から出た音楽雑誌「H2」。細野晴臣が音楽雑誌をつくる…というので、そのプロトタイプとして創刊0号が発売されたのだった(予想したとおり、それ以降は刊行されることはなかった)。そこで細野晴臣が注目する新たな音楽の潮流として「クワイエット・ヒップ」というキーワードが提示され、100枚ほどのCDが紹介されたのを、しばらく追いかけていた記憶がある。物質文明の喧噪を否定するような「過激な静けさ」…というような説明がされていた。何しろ、ネットがまだないので、入手困難なマイナー作品を街のCDショップで探し、1枚1枚買っていく…という大変に時間がかかる時代だ。紹介されたCDのうち、最近のベスト・ワン、としてあげられていたのが、このマウス・ミュージック。スコットランドの伝統音楽を基盤にしたハウスで、バブル期のワールドミュージックブーム(ex. ランバダ)とは肌合いが全く違っていておもしろい。(2026年4月加筆)
- 『明治大正史 世相篇』(柳田国男/中公クラシックス)
- 『清貧の思想』(中野孝次/草思社)
- 『この世界の片隅に』(こうの史代/双葉社)
- Mouth Music / Mouth Music
- Lambada / KAOMA
- 細野晴臣責任編集 季刊音楽誌『H2』(筑摩書房)