
※読売新聞社の刊行物に連載した書評のアーカイブです。
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(2013年4・5月号)
Vol.25 : よい広告は優れた人間観察から
『徒然草』(卜部兼好/岩波文庫)
大学を出て広告会社に入ったのが平成元年の春。自分としてはつい先日のような気がするのだけれど、平成もいつの間にか24年。広告の仕事に携わって四半世紀・・・・・・と書いてみたものの、自分のことのような気がまるでしません。
「お前が生まれる前から広告やってんだ」、と新人時代に先輩から言われたことがあります。たぶん生意気な口をきいたんでしょう、苦笑まじりの顔が記憶に残っています。私もこの台詞を口にすることができる年齢になったわけですが、どうかな、若い人にそれを納得させるだけの何かを持つことができているかしら。
ご同輩方、どうですか。うーん、なるほど、確かにそういうことが言い難い時勢になってきてますね。我々が広告の仕事を始めた頃には無かった新しい事象が大挙して押し寄せてきています。デジタルってやつですね、インターネット。あれ苦手なんだよ、若い連中の喋ってることがよくわかんない。もともと横文字の多い業界だけど、ありゃだめだ。お前が生まれる前から・・・・・・どころか、下手すりゃ返り討ちだ。そのうち、僕は物心ついたときからインターネットを使ってますから、というのが出てくるんだろ。いやはや、参ったな。
分かります。分かりますけど、いいじゃないですか、返り討ちにあったって。業界のあちらこちらでビフォー・インターネットとアフター・インターネットの断層が生じています。前者が後者を避けている。もしくは「そうそう今までのやり方はもう古いよね」と新しいことがわかる自分アピールで日和見的迎合。これ、後者にとって大変な不幸ではないかと思うのです。そりゃ返り討ちはカッコ悪いですよ。カッコつけてなんぼの業界ですしね。でも、伝えるべきは伝えなきゃ。いいか、広告の何たるかは変わらねぇんだ。そう啖呵を切って若い世代とガチンコで組み合ってください。
広告の何たるか。先輩の仕事から、自身の経験から、あなたがつかみとったエッセンスを若い人に。広告ってのは「人間」がわかるかどうかが勝負なんだ、ネットの画面ばかり見てちゃだめだ・・・・・・とりあえずこのあたりからで構いません。人に商品を欲しいと思わせること、人の〈欲〉を喚起する仕事。人間の欲のありようは、ちょっとやそっとで変わったりはしないもの。よい広告はそういう普遍的なところに必ず立脚している。優れた人間観察は、時代の意匠を超えるんです。
今回の推薦書、ものすごく古い著作ですが「徒然草」なんかどうでしょう。高校の教科書以来という人が大半だと思いますが、あらためてじっくり読むと、その人間観察の切れ味にびっくりされると思います。広告屋に必要な資質に近いものを感触できるはず。「インサイト」という言葉を思い浮かべて唸る人もあるかもしれません。鎌倉時代の兼好法師があなたを仰天させることができるんですから、ビフォー・インターネット/アフター・インターネットなんてごくごく小さい段差に見えてくる。自信を持って、お前が生まれる前から・・・・・・といきましょう。(了)
そうはいっても日本の古典ってなかなか取っつきにくいですよね。準備体操として「これで古典がよくわかる」(橋本治/ちくま文庫)を推薦しておきます。古典と現代に生きる私たちを結ぶ線がくっきりと見えてくる良書です。

※全48回の連載も折り返し地点を過ぎて、かなりくたびれてきてますね。この回が最もデキが悪いのではないかしら。原稿紛失としてWeb掲載はやめようかと思った。「徒然草」ならもっとおもしろく書けるでしょうに…。古典の随筆のおもしろさは、観察される人の心根の変わらなさ(本稿の主張)と、観察している人(書き手)の心根の変わらなさが交錯するところ。徒然草で例を引けば、「寺院の号、さらぬ万の物にも、名を付くる事、昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ。」(第116段)あたりがわかりやすい。キラキラネームは鎌倉時代からあったんだな(観察される側の変わらなさ)というおもしろさと、キラキラネームは恥ずかしいからやめとけ…というお節介をついついつぶやいてしまう人がいるのも今と同じだな(観察する側の変わらなさ)というおもしろさの両面。前者よりも、後者にフォーカスを当てたほうがおもしろい原稿になったのでは…と昔の自分にアドバイス。音楽の話を追記するつもりが、長くなってしまったのでこの辺で。本文中で「お前が生まれる前から広告やってんだ」というくだりがあるので、私が生まれた1967年の音楽をおいておきます。解説不要の名盤、ロックの古典ですね。(2026年5月加筆)
- 『徒然草』(卜部兼好/岩波文庫)
- 『これで古典がよくわかる』(橋本治/ちくま文庫)
- Magical Mystery Tour / The Beatles